2021.09.21
肌寒かった夏の思い出。#地球温暖化を考える
今よりも暑くなかった夏
お盆の時期になると、81歳の母がいつも、
「子どもの頃、お盆の時期にいつも年に一回だけ洋服を仕立ててもらうのが本当に楽しみで。でも、肌寒くて、長袖だったのよね」
と話してくれます。
思い返すと、私が子どもだった頃、確か小3くらいだから、
今から33年前くらいは、こんなに夏は暑くなかったように思います。
私の夏休みはいつも暇で、家でゴロゴロしているか、近所のプールに友達と子どもだけで行っていました。
プールに入ると、決まって2階の売店のようなテラスでラーメンやアメリカンドッグやポテトを食べるのがお決まりのコースだったけど、とにかくもう寒くてブルブル震えながら、
タオルにくるまって真っ青な唇でお昼を食べていた絵が、夏になると今でも鮮明に浮かびます。
当時、30度超えるなんて大事件だったけど、今や夏になると当たり前に毎日30度越え。
特にこの夏は、コロナ禍で長男の部活動が3時間と夏休み中も行動制限があり、可哀想だなと思っていました。
でもこの状況になると炎天下での活動は3時間くらいが限界で、熱中症になるのではないかと本当に心配しながら大量の氷と水筒を持たせて、毎日送り出していました。
この暑さなら、3時間制限で本当によかったな……と思います。
こうなってくると、世界中が“地球の悲鳴”を痛感しているように思います。
本当に、今、変わらなきゃ。行動しなきゃ。
これはもう、誰も言われなくても感じていると思います。
『植物も悲鳴をあげる夏の太陽』
春先には元気だったこの花たち。この暑さで半分が力尽きました。自然界の中でもこの暑さへの悲鳴を感じたベランダからのメッセージです。
引っ越して変わった家族の行動
そんな中、中学の夏休みのエッセイの課題で中学2年生の少年が選んだ題名は、「不便というエコ」。
まさに。これは、今、私たち家族が直面しています。
夏の真っ只中に引っ越しをし、今までは24時間365日マンションのゴミ集積場所に可燃、不燃、分別ゴミをいつでも出せたのですが、引っ越し先のマンションではゴミの収集日に合わせてしかゴミ出しできなくなりました。
必然的にゴミ捨てができる日まで、家の中にゴミがある状態になりました。
これをきっかけに、ゴミを捨てられないのだから、ゴミを減らそう。
ペットボトルのゴミを減らすために浄水器に変えよう。タンブラーを忘れずに持ち歩こう。
なるべくゴミを小さく、分量を減らせるように工夫しよう。
不便に向き合い、家族の行動が1週間目から劇的に変わりました。
何ができるのか、何をしなければいけないのか、
意外とわからないものだと思うのですが、本当に小さな生活のきっかけで変えていける。
一人一人の行動が未来に繋がっている。と今、実感しています。
『ゴミのない世界』
小4の娘の描く絵にはいつも優しくて、明るい未来を楽しみにするメッセージを感じます。
便利な生活の中でいつの間にか緩んでいた緊張感。この茹だるような暑さと、生活が変わったことで、大切な意識を家族全員が思い出すことができた夏でした。
「不便というエコ」。
今一度、自分にとっての便利が、地球にとっての優しさなのか、誰かの笑顔につながるのか、考えてみよう。
そんな2021年の夏の日の1ページ。